パワートレインが電気になると「制御」の順番が変わる。個々の役割を白紙に戻し再構築したのがe-4ORCEです。

「日産アリア」を生み出したマイスターたち

パワートレイン・エキスパートリーダー
平工 良三

エンジニアリング・モンスターでは、「ニッサン インテリジェント モビリティ」の象徴として日産の技術の粋を集めた「日産 アリア」の開発に携わったエンジニア達のインタビューから、このクルマに込めたエンジニアとしてのこだわり、革新的な技術を生み出した開発の裏側、そして「日産 アリア」に息づく日産のDNAをオリジナルコンテンツとしてお届けしていきます。

今回は、「日産 アリア」に搭載される革新的な先進技術e-4ORCEを生み出した平工(ひらく)良三エキスパートリーダーのインタビューを2号にわたってお届けします。

平工 良三

パワートレイン・エキスパートリーダー

担当でもないのに「日産 アリア」のプロジェクトに口を出す。私は社内のエンジニアから煙たがられています。

1990年に日産に入社後は、駆動系の担当として、CVTの開発を行ってきました。
当時はまだ4速のATが主流でCVTはメジャーな存在ではありませんでしたね。
自動車メーカー各社が将来に向けて多段AT、CVT、DCTなど、さまざまなトランスミッションの可能性を探る中で、1種類に絞って集中的に開発するという戦略が社内で模索されていた。
その時、日産は1種類で他社と戦うならCVTしか選択肢はないと考えました。
当時のCVTは小型車用という捉え方でしたが、「今は苦手とする大排気量車用のCVTもいずれ必要になる。
他社がATの多段化を進める中、日産はどうすれば大排気量車に対応したCVTを作れるか」と徹底的に考えました。
そして世に送り出したのが、2002年に北米で発売し、その後日本にも導入したムラーノに搭載したCVTです。

私は社内のエンジニアからは煙たがられていますよ。
担当でもないのに、すぐ人のプロジェクトに横から口を出してしまうので(笑)。
これは大排気量車用CVTの開発を担当した後、日産の技術者の中では珍しく当時の銀座の本社で、経営企画などの仕事を担当していた経験も関係すると思います。

もっとも応答速度が速い電気で動くEVでは、クルマを制御する順番がガソリン車とは大きく変わる

私は「日産 アリア」の開発担当ではありませんでしたが、いつものようにモーターによる4輪駆動の開発に横から口出ししていたら、役員から「どうすればいい?」と聞かれました。
私は自分の考えを伝え、その後モーターによる4輪制御の開発チームの立ち上げに着手しはじめました。
これが今の形のe-4ORCEのスタートです。

私はずっと、モーター駆動になると「クルマの作り方」が変わると考えていました。
クルマは走行時に、“前後”“左右”“上下”“ロール”“ピッチ”“ヨー”という6つの動きをコントロールしています。
例えば前後の動きはパワートレインとブレーキ、左右はステアリングと担当が決まっている。
そのバランスでクルマの乗り味って決まるんです。

動きを制御する応答速度は、電気が一番速く、油圧、空気の順に遅くなります。
空気応答を使うのはエンジンです。
物理に詳しくなくても、アクセルを踏み込んだ時に発生したトルクを0.1秒後にゼロにすることができないことは、運転したことがある方なら誰でもわかるはずです。
普通のガソリン車は、エンジンのパワーとトルクを、ブレーキやサスペンションといった油圧と、最後に電子制御を加えて全体の動きをコントロールしています。

EVはもっとも応答速度が速い電気で動くモーターのパワートレインです。
そのため、EVはクルマを制御する順番が、ガソリン車とは大きく変わります。
今までブレーキやステアリングで行うのが当たり前だと思っていたことが、モーターで制御した方が速く、細かくできるという領域が出てくるのです。
そこをいかに突き詰めていくか。これがe-4ORCE開発の原点となりました。

EVのリーダーである日産が他社と同じ技術で満足していていいのか

4WDのEVと言えば、ハイパワーのモーターを前後に積んだものを連想する人が多いと思います。でもそれはすでに他社が製品化している技術です。
EVの先駆者で、リーダーシップを目指そうとしている日産が、胸を張って他社と同じ技術のクルマを発売して、お客さまに喜んでいただけるのか。
私は違うと思います。
e-4ORCEは、その思いを原動力に開発に取り組んだ技術です。
目指したのは、サスペンション、ブレーキ、ステアリングなど油圧による領域やパワートレインで行っていた領域など、制御の分担をすべて取り払い、再構築することでした。
2019年11月にプロトタイプを作り上げ、役員向けの試乗会を開催し、私たちのチームは「前後2つのモーターを使って制御の役割を再構築すると、ここまでできる」ことを証明しました。プロトタイプから降りてきた役員は皆驚き、e-4ORCEが、まず「日産 アリア」へ採用されることになったのです。