「俊敏で滑らかな乗り味と静粛性、“プレミアムカーの走り”を追求したらEVが必然でした」

「日産アリア」を生み出したマイスターたち

チーフ・パワートレイン・エンジニア
軍司 憲一郎

エンジニアリング・モンスターでは、「ニッサン インテリジェント モビリティ」の象徴として日産の技術の粋を集めた「日産 アリア」の開発に携わったエンジニア達のインタビューから、このクルマに込めたエンジニアとしてのこだわり、革新的な技術を生み出した開発の裏側、そして「日産 アリア」に息づく日産のDNAをオリジナルコンテンツとしてお届けしていきます。

今回は「日産 アリア」の最大の魅力であるプレミアムな走りを実現するまったく新しいEVパワートレインを生み出した軍司憲一郎チーフ・パワートレイン・エンジニアが「日産 アリア」で追求した理想の走りについて語ります。

軍司 憲一郎

チーフ・パワートレイン・エンジニア

お客さまを考え抜き、必要な要素を満たすだけでなく、いらないものはあえてカットする。
日産が積み重ねたEVに対する膨大な知見が、この発想を可能にしてくれた。

入社以来、ハイブリッドシステムの開発に携わってきました。自動車メーカーでパワートレインを担当しながら、エンジン開発をしたことがない珍しいタイプのエンジニアです(笑)。「日産 アリア」というまったく新しいプレミアムSUVを担当するのは、私にとって大きなチャレンジとなりました。

「プレミアム」なモデルには、アクセルを踏み込んだ瞬間にドライバーの思った通りに加速する俊敏さ、滑らかな加減速、走行中の静粛性など、多くのことが求められます。これらはEVがもっとも得意とすること。「日産 アリア」をEVで開発するのは、必然でした。

日産はEVのパイオニアとして世界に先駆けて「日産 リーフ」を世に送り出し、e-POWERでモータードライブの裾野を広げてきました。EVに対する膨大な知見がある日産が、EVのプレミアムSUVを造る上でやるべきことは何か?パワートレインの立場から考えた時、私はプレミアムカーの条件であるレスポンスの良さと滑らかな乗り味、静粛性を、EVというパワートレインでさらに上のステージに引き上げるという結論に達しました。

EV=静かだけで終わらせない。あらゆる走行シーンで耳障りな音や振動を抑える新型モーターを開発

吸気、圧縮、爆発、排気という行程がないEVは、走行中でも静かであることが大きな特徴です。しかし静かになると、逆にこれまで気づかなかった音が聞こえるようになる。その一つがモーターの回転音でした。家族や恋人と楽しくドライブを楽しんでいる時、「プロパイロット2.0」を使ってリラックスしながらドライブしている時に耳障りな音が聞こえるのは、プレミアムモデルにふさわしくありません。そこで私たちは、EVのパワートレインを根本から見直し、永久磁石の代わりに電磁石を使用する新しいモーターを開発しました。

モーターは、内部のコイルに電気を流すと永久磁石が回転しトルク(駆動力)が発生します。クルマのような重いものを動かすためには、永久磁石を大きくして強いトルクを出す必要がありますが、磁石が大きくなると抵抗が増え、モーターが出す音や振動も大きくなる。「日産 アリア」に搭載した新型モーターは、アクセルを踏み込んだ時は電磁石に多くの電流を流して大きな力を発生させ、街中や高速道路を巡航など大きな力を必要としないシーンでは、電流を少なくして振動を減らしています。走行シーンに応じてモーター内の電磁石に流す電力の量を変え、耳障りな音や振動を抑えることで、プレミアムな静粛性を実現したのです。

この電磁石を採用した新型モーターは、レアアースを一切使いません。レアアースは今世界的に需要が高まり、価格が高騰しています。レアアースを使わず、製造原価も下げられた新型モーターは、今後EVの普及にも大きく貢献するでしょう。

限られたスペースに、すべてのユニットを収めきる

プレミアムSUVには、お客さまがゆったりくつろげる広いキャビンも必要です。取り回しのしやすい全長を維持しながらそれを実現するには、パワートレインを収めるスペースを小さくするしかない。しかも、運転席と助手席に座るお客さまにより広々とした空間を提供するために、本来はキャビンに配置される空調ユニットもモータールームに収めることになりモーター向けのスペースはさらに狭くなった。電磁石を使った新型モーターは、高出力を維持しながら従来のモーターよりコンパクトにできましたが、このミッションは大きなチャレンジでした。結果として「日産 アリア」は「日産 リーフ」より小さい、軽自動車並みのモータールームにパワートレインのユニットを組み込みましたが、最初にCVE*からこの話を聞いた時、「勘弁してくれませんか」と正直に言ったくらいです(笑)。でも室内スペースの確保は、「日産 アリア」にお乗りになるお客さまにプレミアムな体験をご提供するためには絶対に必要なことです。そこから、空調担当者とミリ単位の調整を繰り返し、時には協業し、時には喧嘩をしながら、「あと1ミリずらせないか」というやりとりを何度も行い、小さなモータールームにすべてのユニットを収めることに成功したのです。

自分が聴きたい音だけに包まれて、夜の高速道路を走ってほしい

これまで日産は他社がやらないことでも果敢に挑戦して、多くの技術を世に送り出してきました。私も入社してからずっと先輩エンジニアのチャレンジする姿を背中越しに見てきました。「日産 アリア」を完成させることができたのも、 “絶対に諦めない”という諸先輩方のDNAを受け継いでいたからだと思います。

ひとりのエンジニアとして、「日産 アリア」は完成度の高いクルマに仕上がったと自負しています。皆さまに体験していただくまで、もう少しお時間をいただくことを心苦しく感じますが、その時がきたら、ぜひ高速道路の夜景を楽しみながら、好きな音楽とか自分が聴きたい音だけに包まれて走ってほしいですね。圧倒的に静かなドライビングは、クルマという概念を超えて、居心地のいい部屋に居ながら移動しているようなプレミアムな体験になるはずです。

CVE : Chief Vehicle Engineerの略で日産で各車種の商品開発を主管するポジション