GT-R
CRAFTSMANSHIP
至高の性能を作り上げる@「匠の手」の物語
GT-Rは日産にとって、ひいては世界の自動車産業から見ても特別なモデルである。GT-R一台一台に一般的な市販車では為し得ないレベルの性能を与えているのが熟練技術者、いわゆる匠たちの「手」だ。例えばこのスーパースポーツカーは同じ工場で作られる他のモデルと生産ラインを共有するが、量販車とはまったく異なる水準で手作業の工程を導入するユニークな生産方式を採用している。デザインから検査まで、文字通り手塩にかけているのだ。これから、「集大成」をテーマとする2024年型 GT-Rの完成までの姿を追ったエディターたちが、GT-Rを生み出す現場において目の当たりにした特別な「手」にまつわるエピソードの数々を紹介していく。最新のGT-Rを知るにつれ、あなたの心を震わす真実に出会うことだろう。それはまさに匠たちの手によって揺り動かされたものなのだ。
着想を表現する手
最高の感度・感性で調律する手
超高性能を実現する熟練の手
精密さを極める手
完璧を送り出す手
Chapter 1
Chapter 2
Chapter 3
Chapter 4
Chapter 5
着想を表現する手
Chapter 1
「R35」の集大成と定義された2024年モデルのGT-Rにおいては、ファンクショナルなデザインアプローチによる性能向上に直結するデザインテーマの選定と、入念な作り込みで高い空力目標性能達成に貢献している。デザインの現場でスケッチを描きながらそのストーリーを再現してもらった。
機能する線
エアロダイナミクスの必然から生まれた水平/垂直基調の立体構成。2024年モデルの深化のハイライトに、フロント/リヤバンパーの形状変更がある。スポーツカーのデザインではダイナミックさを演出するライン使いや、エモーショナルなニュアンスを持った面による情感表現はごく当たり前のアプローチである。しかしこのクルマにファッショナブルな装いは相応しくない。機能を持たない線や装飾は不要であり使わない。例えば、フロントバンパーの四角い開口部はその奥の四角いラジエータへの空気の導入のための最高効率の結果である。メッシュグリルは新たにハニカムパターンを採用。桟を最細化して面積当たりの開口率を上げたことでラジエータ冷却性能を引き上げる。バンパーコーナー部のLEDハイパーデイライトは、その横から後方に伸びる三角断面のフィンにエアガイド機能を持たせ、水平に整流された流速を高めた気流がカナードウイングの働きを最大化する。生成された強力なボーテックス(縦渦)はタイヤ周りに負圧を発生させ、ホイールハウスから空気を引き出すことでフロント周りにダウンフォースを発生させる。
GT-Rをスケッチする森田充儀 グローバルデザイン本部 アドバンスドデザイン部 主管。「すでに高いレベルまで到達しているものを、さらにもう一段深化させるにはどうしたらいいのか」というところからデザインの検討が始まった。
リヤバンパーは、車体後方への風の巻き込みを減らし「風を切る」=車体後方に発生する渦を車体から遠ざけ、ドラッグを減らすための両サイドコーナーの「セパレーションエッジ」がデザインの特徴である。バンパー後面を左右に渡る水平の長いエッジは、立体に強いハイライトと陰影を見せる。エキゾースト周りの力強い立体感と併せて研ぎ澄まされたアスレチックな塊感とロー&ワイドな佇まいを訴求する。余分なボリュームを削ぎ落とし、成型性の限界に挑戦してCdを低減するカタチ。翼面積を拡大し、セット位置を車両後方に後退させたリヤウイングと、床下面積を拡大したバンパーサイド下部やリヤディフューザー形状により、車両トータルで10%ものダウンフォース向上に繋げた。ロー&ワイドな佇まいとビジュアルスタビリティーは、性能を体現した真のパフォーマンスが写し込まれたデザイン。「Rの血統」を継承するデザインの創造である。
最高の感度・感性で調律する手
Chapter 2
日常の快適なドライビングの延長線上で300km/hに到達するGT-Rには、卓越した動力性能もさることながらそれを常に、正しくコントロールするための「調律」が求められる。その任務を命じられるのは最高ランクの技術を認められた開発ドライバーだけだ。
300km/hを超える最高速度領域でのテストに神経を集中する開発ドライバーの松本孝夫。優れたセンシング能力と膨大な経験値が求められ、選ばれた者だけが行うことのできる仕事だ。
開発ドライバーの判断こそが絶対的な基準
どれほど高度なテクノロジーを備えていたとしても、そこから生まれるパフォーマンスがオーナーに歓びを与えるか否かは、テストドライバーの手腕にかかっている。
日産自動車・実験部。近未来の新思想をとりあえず形にしただけのものから、発売間近の市販車のセットアップまでを担う、ドライビングの猛者が所属する部署だ。運転技能と分析能力によってランク付けされており、GT-Rの調律は最高ランクの者だけが担うことができる。彼らはその道のベテランであり、その手は最高の感度と感性を持っている。そのトップに立つのがカスタマーパフォーマンス&CAE・実験技術開発本部 カスタマーパフォーマンス&車両実験部 車両商品性実験グループの松本孝夫だ。
彼らの主戦場はテストコースだ。栃木工場を取り囲むオーバルコースでは高速域での様々な挙動や耐久性をチェックし、北海道の日産陸別試験場ではマルチパフォーマンス・スーパーカーとしての雪道における走行性能を検証した。極限的な状況に身を置くためには海外まで赴くこともいとわない。灼熱のアリゾナでは極度の高温・乾燥時のデータを収集した。そしてドイツ・ニュルブルクリンクこそは絶対性能を確認する最高の舞台だ。操縦性やドライビングプレジャーについて、徹底的に設計陣と意見を戦わせた。
騒音、振動、サスペンションやトランスミッションのふるまい、そしてトルクの盛り上がり。低速から超高速に至るまで、開発ドライバーが観察する項目は多岐にわたる。
何千種類も用意されたタイヤ、何百種類ものスプリング/ショックアブソーバーの中から、あらゆる環境を総合して検討し、ベストな仕様を選び出す。未来のカスタマーの声を代弁する彼らのジャッジメントは、開発首脳陣にとっての絶対的な基準となっている。
日産車の設計・開発に携わるすべての人々にとって、GT-Rは格別な存在であり、特別な思い入れを籠めた一台である。GT-Rの走りを体験したとき、きっとあなたは開発ドライバーの存在の大きさを思い知るに違いない。
超高性能を実現する熟練の手
Chapter 3
日産社内で特別な技能の持ち主として認められた者だけに与えられる「匠」の称号。GT-Rのエンジンは、横浜工場のクリーンルームで一基のエンジンをひとりの「匠」が一貫して仕上げていくのが特徴だ。
VR38DETT型エンジンが生まれる部屋
横浜工場の機械加工を行なう建屋は、部品運搬ロボットの発する音楽や機械の作業音で騒がしい。その中に位置し、GT-R専用のエンジンを製造するクリーンルームは、それとは対照的に一切の騒音が排除された環境で、埃もシャットダウンされる。性能に影響を及ぼすエンジン内部部品はこの部屋で組み立てられたあと、「匠プレート」を貼り付け、ターボチャージャーなどの外装部品を組み付ける。クランクシャフトやピストンも付いていない、ただのエンジンブロック単体から電装部品であるハーネスまで装着して、正しい性能を発揮するかどうかを判断するテストベッドに移行する手前まで1人の「匠」が一貫して作業し、わずか3時間半で仕上げる。
バルブクリアランス調整を終えた時の写真。上部にはクリアランス測定用のシックネスゲージが見える。タイミングチェーンは、クランクシャフトと各バンクの吸気を接続し、各バンクの吸気と排気をつないで回す。VR38DETTエンジンの中身を見られる貴重なカットだ。
「匠」による仕事の真骨頂
クリーンルーム内の作業は機械の正確性と「匠」の技が融合している。エンジンブロックにヘッドを留めるヘッドボルトなど、ほとんどのボルトは機械によるトルク管理で自動的に締められたあとに、さらに「匠」がトルクレンチで手作業による確認を行う。少しでも異常を検知すると「匠」がそのボルトを入れ替えて締め直す。ピストンリングをはめる作業は、早回しのビデオを見るかのような手際の良さだ。完全に「匠」の手仕事により行う作業がカムシャフトとバルブのクリアランスの測定だ。6気筒、4バルブゆえ合計24箇所を、クランクシャフトを回しながら一箇所ずつ丁寧に確認する。570PSという超高性能を達成する背景に、こうした「匠」の熟練の技があると確信した。
バルブクリアランスのチェックは複数のシックネスゲージを持ち替えながらも1箇所につき数秒で終わる。「匠」の経験と勘が活きる瞬間だ。
精密さを極める手
Chapter 4
GT-Rには、世界でこの車種だけのために開発され、生産されるデュアルクラッチ式トランスミッションが採用されている。特別な性能を生むために特別に作られたコンポーネンツは、愛知機械工業におけるその生産工程もまた特別なのだ。
2つのクリーンルームと、専門の職人たち
GT-R用トランスミッションは、デュアルクラッチ式変速機構に加えて、制御油圧機構、後輪駆動用デファレンシャル機構、前輪駆動用E-TS(Electronic - Torque Split:電子制御トルク配分)を一体化して車体後部に搭載するトランスアクスル装置である。超高性能なエンジンパワーを受容してなお正確な動作と耐久性を確保し、かつ素晴らしいドライブフィールにつながる剛性感を担保するためきわめて緻密な設計となっており、内部に紛れ込むわずかなホコリも問題になる。このため、工場内の他の場所ときっちり仕切られ気圧を高めた2つのクリーンルームで製作される。
メイン/カウンターの2本のシャフトにギアを組み込んでゆく手。この職人はGT-Rがデビューした2007年からずっと、GR6型トランスアクスルの製作を担当している。
1つめのクリーンルームでは、変速機構の主要部が組み立てられる。各部品は組立て順に取り出せるように設られたトレーに美しく並べられている。治具にはメイン/カウンターの2本のシャフトが立ててある。GT-R専門の職人は、それぞれのシャフトに6セットのギアを丁寧に圧入していく。アルミダイキャスト製のケースに納めてデフ部と合体したら、実際の作動温度に加温されたトランスミッションオイルを注入して駆動、内部を洗浄し、2つめのクリーンルームへと送られる。
より防塵性能の高い2つめのクリーンルーム。これから油圧制御機構が組み付けられ、最後にオイルパンを組み付けて完成検査工程に向かう。
2つめのクリーンルームは、いっそう加圧され防塵性能を高めてある。ここでデュアルクラッチ/全輪駆動用E-TS/制御油圧機構が組み合わされ、GR6型トランスアクスルが完成する。他のモデルでは適時抜き取りとなる完成検査は、GT-Rでは全数に対して行われる。音や振動、各速での作動油圧、クラッチクリアランスなど、そのチェック項目は75に及ぶ。
完成検査を終えると栃木工場に搬入され、サスペンションやブレーキと共にサブフレームに合体される。ホイールアライメントからサイドブレーキの引きしろまで、調整はすべて手作業で慎重に行われる。
完璧を送り出す手
Chapter 5
GT-Rの最終組立を担う栃木工場。日産の他車種と共通の生産ラインを用いながら、要所要所で特別な工程、場合によっては製造する全数の機能を検査しながら、万全を期したプログラムがGT-Rには用意されている。
ドライブトレーンとボディの合体工程。他車種も流れる生産ラインのスピードを落とさず、かつGT-Rの超高性能と超高品質を実現するため、様々な工夫と秒単位の叡智がある。
どんな高精度計測器をも超える「人の手」
溶接によるボディの製作は、通常はロボットによりすべて実施される。しかしGT-Rはここでも多くの部分が人の手に委ねられる。マルチパフォーマンス・スーパーカーであるGT-Rの場合、数百ものボディパネルの接合における誤差は0.1mm以下でさえ走りに影響する。よってロボット溶接を終えた工程の最後に、熟練した「匠」が細部を手作業で溶接するステージを設けている。最後に人の手を経ることで、よりいっそうの高精度を狙う。
その理由は、極めてシンプルだ。「匠」の感覚を超える機械がいまだ存在しないからである。彼らの指先の感覚には、どんな機械も及ばない。
精緻に組み上げられたボディには、横浜工場からエンジンが、愛知機械工業からはトランスミッションが届き、生産ライン上で合体する。1台のGT-Rが生まれると、セットアップ/シェイクダウン・ランが待っている。
完成検査を受けるGT-R。このあとセットアップ/シェイクダウン・ランに出かけ、戻ってきたら再びこのシャシーダイナモに載せられ各種データを再確認する。
開発ドライバーとともに、GT-Rの走りを支えるもうひとつの存在がセットアップドライバーである。最終調整について特別な技能を有する彼らは、栃木工場で生産される全車が行う通常の完成検査のあと、ブレーキ、トランスミッション、サスペンション等の調整を目的としたシェイクダウン・ランを行う。その距離は最大で約150km。そうして初期なじみ、慣らし、およびセットアップの最終確認作業が行われる。終了後には再びホイールアライメントがチェックされ、エンジンオイルも交換される。こうした入念な段取りがあるからこそ、常に最高の状態のGT-Rをお届けすることができるのである。
GT-R生産における最後の仕上げ、エンブレムのセット作業。精密に調整された治具を用いて1台ずつ手作業で丁寧に貼られる。