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一本の深谷ねぎに賭ける若き挑戦者
農家の長男に生まれて
農家の長男に生まれて
 30年に一度と言われる記録的な豪雪に日本全土が見舞われた、2014年2月15日。埼玉県深谷市にある河田の実家でも、60cmの積雪によってビニールハウスが潰れたことをきっかけに、曽祖父の代から三代に渡って受け継がれてきた深谷ねぎ栽培継続の是非が検討されていた。
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「ハウス再建にはそれなりの費用がかかり、父もすでに高齢に達していました。当時、ぼくは長野の企業で働いていたのですが、父からその相談を受け、跡を継ぐ決意を固めたんです」

 そう言って収穫の手を止めた河田が、ねぎ畑を見回す。
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 河田にとって、物心つく頃から裸足で駆け回っていた深谷のねぎ畑は、祖父との思い出そのものでもあった。晩冬の収穫を迎える季節になれば、ごつごつとした祖父の手が大きく育ったねぎを束ねている光景が今でも目に浮かぶ。どこより美味い深谷ねぎの味と祖父の仕事ぶりは、河田にとって密かな自慢でもあった。
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深谷ねぎの魅力
深谷ねぎの魅力
 埼玉県深谷市一帯の名産でもある深谷ねぎは、何と言っても深い甘みと歯ごたえが最大の特徴だ。味だけでなく、見た目も堂々として身の丈が揃っていて、香りが良い。そんな深谷ねぎの味わいは、深谷独自の風土によって育まれているのだという。

「深谷の土壌は、利根川の恩恵を受け、作物を育てるために適した地質をしているんです。同時に、冬の最も寒い時期に旬を迎える深谷ねぎを、更に味わい深いものにしているのが『赤城おろし』。山合いから吹きつけるこの寒風によって、ねぎは一層たくましく育ち、甘みを増して収穫の時を待ちます」
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 河田が農業を学んでいくうちに気づいたのは、良い農家は野菜だけでなく、長い年月をかけて『土』を育てているという事実だった。肥料のバランスや漉き込む堆肥の量など、毎年微妙な土壌改良を繰り返し、野菜と土の相性を探っていく。毎日が自然との戦いであると同時に、試行錯誤の連続だ。
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「大雨の降った日は収穫することができず、歯がゆい思いをします。台風の前日は、作物が心配で夜も眠れません。仕事ができる時間が長くなれば、ああ陽が延びたなあと感じます。こうした季節を感じとる感覚も、農家の大切な仕事の一つなんです」
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お客様の顔
お客様の顔
 長野の諏訪と埼玉の深谷に畑を持つ河田は、拠点を変えながら、その都度採れる作物を育成・販売している。そこには、農家を継ぐ前のビジネス経験を通じて得た、河田ならではの栽培哲学がある。

「経営の主となる深谷ねぎのほかに、あえて誰も育てないようなニッチな作物を育てることで、それを欲しがっているお客に届けたい。選択肢がないものは、作って提示してあげれば良いのだと気づいたんです」

 ブロッコリーやほうれん草、スナックエンドウなど、季節によってねぎ以外にも数多くの品目を育ているため、それだけ手間もかかり、神経を使う。
「イタリアン、フレンチ、創作和食、居酒屋、蕎麦屋、卸先は様々です。お客様の顔が見たくて直売という販売方法を取っているのですが、忙しくて、まだ自分のねぎを使ってもらっている料理をお店で食べたことがないんです。いつか時間ができたら、家族を連れてレストランで食べてみたいですね」

 作物の出荷時にはいつも「一人前になったな、行っておいで」と、成長した子供を送り出すような気持ちで野菜を見送る河田。

「農業は苦しいだけじゃない、という思いがあります。丁寧に作った分だけ、作物に成果がある。1年目はダメでも、2、3年で変わることもあります。お客様に、年を増すごとに美味しくなっているね、と言われたことがありますが、そうした言葉をいただくことができるのも農家の魅力です」
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——— そんな河田にとって、農業におけるプロフェッショナルとは、どのような人物を指すのだろうか。


「狙った作物を、狙った時期に、狙った味で作れること。もちろん、いつでも自然は一筋縄ではいかない相手です。全てが完璧に上手くいくことは、ほとんどありません。誰にでもできる仕事ではないと思いますが、だからこそやりがいを感じていますし、その魅力を自分の仕事を通じて伝えていきたいです」
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1982年08月24日
(埼玉県深谷市)

職種:農業

職歴:3年

収穫~配送までを一台でこなしながら、週末に家族を乗せたファミリーカーとしても利用。屋根があり、空調も完備しているため、温度にデリケートな野菜の扱いにも最適な環境を完備している。