マスターテクニシャン File:31

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描いた線をたどった先には

日産リーフの進化と共に

金物店の長男として生まれた野口さん。お店で使う工具は、幼い頃から身近にあった、そして、いい遊び相手だった。

「工具を使い、おもちゃを分解しては組み立てていました。飽きもせず、それが楽しい遊びだったんです。高校生になると、その遊びがバイクの分解と整備に変わっていきました。自分が運転できるものに触れるのは、とてもワクワクしたのを覚えています」

高校生となった彼に、人生を変える衝撃の出会いが訪れる。いつもどおりに登校した朝、ふと見ると校門の前にスカイラインR32型が停まっていた。クルマ好きの少年の目には、ライトで照らされているかのように映ったにちがいない。

「学校への来客だったのでしょう。誰のかもわからないそのスカイラインに一瞬で心奪われました。その日からスカイラインに乗りたい、触りたい、知りたい、という気持ちがどんどんと大きくなり、いつしか日産の整備士になりたいと思うようになりました」

金物店を継いでほしいと考えるご両親。整備士への道を進もうとしている野口さん。進路選択の時期には家族の思いが交錯する。ところが、ある日を境に描いた夢を応援してくれるようになったという。

「だいぶ後になって聞いたのは、姉が両親を説得してくれたということでした。やりたいことをやらせてあげてほしいと話してくれたそうで、知らないところで家族の協力があって、この道を歩んでこられたのだと改めて感謝しました」

配線図を描き、電気をあやつる

クルマ好きといえば、心臓部であるエンジンのとりこになる人も多い。しかし、野口さんの関心をひきつけたのは、電装系のシステムだった。

「20年以上前、整備士になって初めて配属された店舗で、電装系の得意な先輩がいました。配線図を読み解き、解説書を開きながら直していく。職人気質の整備士とは違い、クールな人でした。先輩の故障診断は驚くほど早く、まねをしたくてやり方を質問するのですが、どんなに真剣に聞いても、理解不能なのです。何を言っているのか、まったくわからない。これは、システムと配線図を読み解く力が必要だと気づきました。そのための近道として資格の勉強を始めました。

今はパソコンの画面で見ている配線図も、昔は何メートルも長くつながる蛇腹折りの紙のものでした。その迷路のような配線図を指でたどっていくと、どの機能につながるのかが目で見てわかる。勉強すればするほど、どんどん理解ができるようになっておもしろかったですね」

電装系の技術をものにした野口さん。分解と組み立てをして遊んでいたおもちゃは、ついに本物のクルマとなった。自分のクルマをカスタマイズすることに熱中した。配線図を描き、部品を集め、試行錯誤しながら新しい機能を付けるのだ。成功したものもあれば、失敗したものもある。

「他のクルマにある機能を自分のクルマにも付けられないか、と考えるんです。電装関係で大切なのは、部品や道具よりも、その配線の設計を緻密に描いていくこと。配線図ができあがれば、そのとおりに組み立てるだけです。形にするまでの設計図を作るのが難しくて楽しい。失敗しても、自分のクルマなので、いくらでもチャレンジできました」

たとえば、集中ドアロック。運転席のロックを開ければ、他のドアも開錠される今では当たり前の機能だ。高級車にしか付いていなかった当時、野口さんはこの機能を商用車のキャラバンに付けてみようと考えた。

「スキーが流行っていた頃で、後部座席に乗る人は手間取るロック解除を吹雪の中で待っていなければならなかった。今では考えられません。それをどうにかできないかと、店舗の仲間と話し、さっそく自分たちのクルマでトライしました。どのように電気信号を送るか、元あるシステムを利用しながら練りに練って完成。これは会心の出来でした。自分だけの特別な機能に、ものすごく満足していました。が、すぐ後のマイナーチェンジでこの車種にも付けられ、あっという間に普通の装備になってしまいました。
でも、何かに不便を感じて“こうなったらいいのに”、という理想を思い描くことから始まるんです。そこに気づくことのほうが大切。いい経験でした」

お客さまとともに整備にかかる

現在、野口さんはフロントで整備や修理の受付をするテクニカルアドバイザー。整備士から転向のきっかけは、若い頃にお世話になった工場長との再会だった。

「その工場長は以前、私が整備士の経験を2年積んだ頃に、テクニカルアドバイザーになることをすすめてくれた方でした。最初に打診されたときには、まだ究めたい整備技術がたくさんあり、わがままにも断ったのです。それから互いに店舗を異動し、10年後に工場長と再会しました。そのときに『整備10年の経験と資格を後輩やお客さまに伝えていかないか』と言われ、そこで初めて自分に問われている役割についてきちんと考えました。

テクニカルアドバイザーになって実感したのは、整備はお客さまに納得いただける説明とともにクルマをお返しして終わる、ということ。きちんと伝わる言葉で整備の内容を説明し、常に正直な姿勢でいることで、お客さまに納得感とともにおクルマをお返しすることができます。これが整備の総仕上げなのです」

大切にするのは、終わりだけではない。野口さんには決まった始め方がある。それはお客さまのライフスタイルをたずねる問診。クルマの整備と自分の生活、どこに関わりがあるのか疑問に思うお客さまもいるのではないだろうか。

「不具合の原因には、乗り方や環境によるものがあります。原因がわからないとき、不具合が起きる状況を具体的に把握する必要があるのです。 たとえば、『朝、出発するとき』に不具合が出る。私の感覚だけで考えると、8時くらいを想像します。ですが、仕事によっては、朝3時に出発する人もいる。そうすると、『朝、出発したとき』のイメージはだいぶ変わり、気温も、使う機能も違います。お客さまと同じ目線で、多くの話をお聴きし、関連がありそうなことを探り出すのが私の仕事です。

この店は、お客さまと本当に深くつながっています。どんなご家族が、どんな生活でクルマを使っていただいているのかを知っている。これは、安全を守ったり、素早く修理したりするのに、とても重要なことなのです」

今、野口さんは『一級会』なるものに入っている。各資格の1級を持っている人だけがいるスペシャリストの集団だ。その中でも、資格取得をバックアップするチームに所属し、若手の育成に力を入れている。 そんな彼が日産マスターテクニシャンの資格を更新し続けるのは、若手の育成のほかにも理由がある。それは、お客さまに納得していただける整備と、ありがとうと言っていただけるような完璧なサポートをお届けしたいと願うから。かつて試行錯誤しながら配線図を描いたように、今はそのイメージを現実にするための設計図を描いているのかもしれない。

日産のお店に気軽にいらしてください。もちろん、洗車だけでも!
プロの目でおクルマを見る機会が増えると、さらに安心のカーライフになります。